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日本郵便トップ > 「20世紀デザイン切手」シリーズ第13集・・・「ひょっこりひょうたん島」から・・・・の発行

平成12年8月23日発行切手

「20世紀デザイン切手」シリーズ第13集
・・・「ひょっこりひょうたん島」から・・・・の発行

「20世紀デザイン切手」シリーズ
 郵政省では、我が国の20世紀を象徴し、21世紀へ向けて、夢と希望のある題材を、芸術、スポーツ、科学・技術、世相等の各種ジャンルに求めてシリーズ切手を発行します。 第13集として1964年から1971年までの題材8種類を1シート10枚構成で発行します。
シート単価は、80円郵便切手8種類、50円郵便切手2種類の740円とします。


20世紀デザイン切手シリーズ第13集郵便切手

20世紀デザイン切手シリーズ
第13集郵便切手

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販売期間 平成12年8月23日(水)から
平成12年11月22日(水)まで
料 額

50円郵便切手及び80円郵便切手
(1)・(2)の(1)・(2)のひょっこりひょうたん島は50円郵便切手、
それ以外は 80円郵便切手

販売地域 全国の郵便局等にて販売
意匠

(1) ひょっこりひょうたん島
(2) ひょっこりひょうたん島
(3) 新三種の神器
(4) ウルトラマン
(5) ウルトラマン
(6) GSブーム
(7) ノーベル文学賞受賞
(8) 男はつらいよ
(9) 日本万国博覧会・太陽の塔
(10) 戦争を知らない子供たち

印面寸法

縦30.42mm × 横31.16mm (1)(2)
縦33.5mm × 横25.0mm (3)(6)(7)(8)(9)(10)
縦33.5mm × 横28.05mm (4)(5)

版式・刷色
グラビア6色
シート構成
10枚
50円郵便切手×2枚

80円郵便切手×8枚

第13集の切手のデザインについて (敬称略)

  • ひょっこりひょうたん島 ~連刷で「ひょうたん形切手」~(1)(2)
    デザイン:左)番組に登場した人形「ドン・ガバチョ」と「トラヒゲ」 (右)番組に登場した人形「ハカセ」と「ライオン」背景は「ひょうたん島」
     1964年(昭和39年)人形劇「ひょっこりひょうたん島」のテレビ放映が始まりました。この放映は、1969年(昭和44年)までの5年間で1,224回に及び、動く島「ひょうたん島」で繰り広げられる物語は、子供たちから圧倒的な人気を集めました。
    (取材協力:NHK 資料提供:ひとみ座企画)

  • 新三種の神器(3)
    デザイン:当時のカラーテレビ・車・クーラーのイメージ
     経済成長に伴い国民の所得水準が上昇したことで、生活様式の変化が進み、1950年代後半の三種の神器(電気洗濯機・電気冷蔵庫・白黒テレビ)に続いて1960年代 後半には、カラーテレビ・車・クーラーが、「新三種の神器」と呼ばれ普及していきました。
    (資料提供:ソニー、トヨタ博物館、日立製作所)

  • ウルトラマン(4)(5)
    デザイン:(左)番組開始当時の「ウルトラマン」をアレンジ (右)番組開始当時から人気の怪獣「バルタン星人」をアレンジ
     1966年(昭和41年)「ウルトラマン」のテレビ放映が始まりました。M78星雲からやってきたウルトラマンは、一躍子供たちのヒーローとなりました。その後も数多くのシリーズ作品が製作されています。
    (資料提供:円谷プロダクション)

  • GSブーム(6)
    デザイン:当時のエレキギターのイメージ
     1966年(昭和41年)ザ・ビートルズが来日公演を行ったのを機に、エレキギター等を用いて数人でバンド編成をしたGS(グループサウンズ)が次々と誕生し、ブームが起こりました。

  • ノーベル文学賞受賞(7)
    デザイン:1968年受賞式での川端康成と1994年受賞式での大江健三郎
     1968年(昭和43年)作家川端康成が、ノーベル文学賞を受賞しました。著書に「雪国」「古都」等があります。
     また、1994年(平成6年)には作家大江健三郎が、ノーベル文学賞を受賞しました。著書に「飼育」「万延元年のフットボール」等があります。
    (資料提供:AP/WWP)

  • 男はつらいよ (8)
    デザイン:映画「男はつらいよ」シリーズ第1作の一場面
     1969年(昭和44年)映画「男はつらいよ」が封切られました。主人公車寅次郎を中心に繰り広げられるこの映画は、大ヒットとなり、全48作のシリーズとなりました。
    (資料提供:松竹)

  • 日本万国博覧会・太陽の塔 (9)
    デザイン:会場の「お祭り広場」に建つ太陽の塔
     1970年(昭和45年)大阪において、多数の国の参加により「人類の進歩と調和」をテーマに日本万国博覧会が開催されました。博覧会会場には岡本太郎作「太陽の塔」や参加国等のパビリオンが建設され、総入場者数は約6,400万人にも上りました。
    (写真提供:日本万国博覧会記念協会)

  • 戦争を知らない子供たち (10)
    デザイン:楽譜と当時の若者に流行したファッションのイメージ
     1971年(昭和46年)北山修作詞、杉田二郎作曲の「戦争を知らない子供たち」が大ヒットしました。

  • シート余白部分  
    太陽の塔の原型
    (写真提供:川崎市岡本太郎美術館